20220509
多摩を歩く(2)-矢川の流れ-
プロロ-グ
国立市は日本有数の文教都市があり、知られた有名校が数多くある-そこから南へ約2km歩くと、国立市の先住民が暮した跡がある。近くには多くの“はけ”があり、そこから湧水が出て、府中用水に注ぐ。筆者は時折、立川駅から南武線で二つ目の矢川駅で下車し、南へ5分ほど歩くと国道20号にぶつかる。そこを右折し立川方向へしばらく歩くと、小さな小川が目に入る。そこが長さ“僅か1.5km”の矢川である。
矢川を西北に歩く。川の両脇には洗い場がり、今でも農家の人が収穫物の大根などを洗う。前には国立市第6小学校がある。ベンチが設置された場所の前に綺麗なトイレがあり筆者は休む。右手には鬱蒼とした森が見え、そこが現在の矢川の水源となっている。
水源一帯は東京都の緑地保全地域となっているが、立川錦町で区画整理が行われるまでは、立川市第7小学校前から三輪光西寺にかけて、立川崖線下の各所から湧き出る地下水の水源があった。毎年5月になると、キンショウブが咲き、セリ、クレソンなどが多く繁茂していた。また、ザリガニ、メダカ、泥のなかにはホトケドジョウが生息していた-今から27年前(1995)の矢川の環境である。以下、矢川の近況である。
矢川の風景
出典:「東京チカーバ」
矢川の昔
涸れる
1995年の冬に矢川の水が枯れてしまった。毎年冬の間は他の季節に比べると、水量は減っていたが、それでも全く枯れることはなかった。それが、同年の2月20日頃、矢川緑地にある湧水が一滴も出なくなった。いつかは涸れると常日頃から心配していたが、とうとう涸れてしまったのだ!国立第6小学校の周辺には大きな鯉が泳いでいた。
地元の人と市役所の人達がすでに城山公園の池に鯉は移され、難を逃れた。また、上流部分でも土嚢を積み、水を溜め、魚を保護している所もあった。しかし、小魚やカワニナやドジョウはどうしようと際限なく広がる不安があった。この現象が天災であれば、仕方ない。しかし、人災のような気がしていた。バブル経済がはじけた頃、立川駅北口は大型ビルの建設、モノレールなどの建設が進み、大きく変貌した頃である。
涵養
1955年3月、春に入り、雨が降り始め、僅かに湧水が始まった-①地下水の涵養、②雨水の浸透、③樹木の植栽、④行政区を越えて知恵の結集などをしないと矢川は危ないとの認識が拡がり、この1年間が正念場との認識が人々に高まった。矢川は立川市羽衣町から国立市にかけて流れている川である。両市に住んでいる方も知らない人が多く、多摩川のような大河でもないし、野川ほどでもない。
童謡の「春の小川」とはいかないまでも、以前は小魚が泳ぎ、水草がゆれ、雲雀(ひばり)が天高く囀り(さえずり)が何処でも聞こえた-筆者の住む武蔵野市境南町でも麦畑の上空でも。全長1.5km、川幅は1~2m位で、狭いところでは子供でも飛び越しができる。
この矢川でもカワニナ、ホトケドジョウ、シマアメンボ、ハグロトンボ、ナガエミクリ、オランダガラシなど、都内でも誇れる川であった。とくに清流だけに棲むシマアメンボの水中昆虫は貴重である。何れにしても水の大切さを訴えるよりも湧水に親しんで欲しい。そこから水の大切さ、水辺の生き物のことなど、生きている水を学んで欲しい。「矢川さんぽ」の報告者は訴えている。
矢川の流れ
矢川は国道20号(甲州街道)の下を通り、滝野川学園の構内を横切り-①立川崖線下の湧水を集めて流れる、②ママ下湧水からの湧水を集めた清水川、また、③多摩川から取り入れた水が流れる「府中用水」の“三つの流れが交わる”ところが“おんだし”と呼ぶ。「押し出し」が訛った用語である。
水量豊富なおんだしを見ると-「川の力」、「川の効用」を痛切に感ずる。流れには魚が10匹ほど群れをつくり、泳ぎまくる姿は自分忘れ、魚を追いかける。まるで童心に帰ったようである。70年前、蛇行して流れる「野川」の思い出が蘇る。「おんだし」付近の風景は、是非後世に引き継ぎたい。
府中用水
出典:「東京都産業労働局」
植生の衰え
樹々
筆者は今から30年程前、青柳から自転車で「府中用水」を経て、谷保天神下を通り府中の分倍河原迄でサイクリングを4~5回ほどした経験がある。興味があったので、谷保の城山(東京都の管理地)へ必ず立ち寄った。久しぶりに歩いて見た-多くの樹々は元気がなく、環境が荒れている印象を受けた-元気がないのだ!昔は元気があった。国立市立第一小学校を通り、南武線の踏切を渡り、国立市図書館を見学した。
養育
当時と比べ、谷保周辺には多くの住宅が立場並んでいた。家主は総じて若い夫婦が多い。子連れで田植え前の田圃の小川で遊んでいた。近くには国立市の古民家(旧柳沢家)がある。若い夫婦と話す機会があった-「自宅は近く、子供は国立市立第一小学校に通学している。子供を養育するには最高の環境であり、ここに引っ越して来てよかったと、微笑を交え話す姿は印象敵であった。近くには谷保天満宮(学問の神様・菅原道真を祭祀)があり、羽下(はけ)からは水量豊富な遊水が流れていた。
谷保天満宮
出典:「Wikipedia」
エピロ-グ
命の源泉
人々にとって水は命の源泉である。他市と比べて国立市は湧水の箇所が多く。水量は以前と比べて少なくなったように思える。やはり、筆者が若い時の野川の水量は多かったが、今は少なくなった。その原因として考えられるのは水源地に住宅地が野放図に建てられたことである。加えて、地球温暖化の影響も考えられる。
管理・維持
河川へのゴミの投棄は非常に問題である。矢川河岸に住む人たちにとって問題外の話である。最近、矢川を網で河浚(かわさらい)いをしている人と話す機会を得た。国立市役所が人を採用して、週2回ほど実施しているとのことであった。川は生きている。人間も生きている。川と人間は共存共栄の関係にある。
(グローバリゼーション研究所)所長 五十嵐正樹
引用史料
- 百瀬千秋著「東京湧水探訪」、1995年7月30日、(株)けやき出版、71-73頁
- 「矢川さんぽ」平成7年5月15日(1995年)「多摩のあゆみ」、第79号、86~87頁
- 多摩の散歩道「谷保の散策」、昭和54年8月15日、「多摩のあゆみ」、第16号、多摩中央信用金庫
- 「特集 多摩の小川」-立川断層が造った小川 残堀川と矢川、「多摩のあゆみ」、第14号、平成24年8月15日、たましん地域文化財団
- 「ハケ展」-くにたちの河岸段丘、くにたち郷土文化館、平成24年度 秋季企画展、(公財)くにたち郷土博物館、2017年1月31日
- 国立市古民家(旧柳澤住宅/国立市指定有形文化財)
- (ハケと用水がつくる)-里山だいすきガイドマップ 立川~国立~府中-



